ヴィクトリアマイルの時、本馬場入場で贈られたデアリングタクトへの拍手👏👏👏。
その拍手には、ケガから復帰した松山弘平騎手への思いもあったのかも知れません。
しかし、競馬場でこの様な光景が自ずと出てくるようになったというのは、ずいぶんと様変わりをしたなぁ、と感じます。
90年のダービー、勝ったアイネスフウジンと中野栄治騎手に贈られた『ナカノコール』。今ではコールが普通の光景になりましたが、勝者を競馬場全体で讃える姿には、当時の関係者もびっくりだった様子です。また、競馬が単なるギャンブルでないということが広まり始めたのも、オグリキャップが現れたこの時代に発するのかも知れません。
その前にも、スターホースが人々に与える感動はありました。スポーツとしての競馬の在り方は、ずっとホースマンのテーマであったのではないでしょうか。
ただ、切り離す事が出来ないのが、事業としての競馬、いわゆる公営ギャンブルという側面です。ブームになればなるほど、ギャンブル要素に注目され、叩く側の人が必ず出てくる。中には人生を狂わされた人がいる、これは事実なので(狂わされた、ではなく、狂わした、が本義としては正しい)如何ともし難いのですが、いわゆるギャンブル=害悪、競馬があるからいけない、なければそうはなっていなかった、と言う論法です。
このテーマは論争し始めるとキリがない。
なければ、必ず裏で動く輩が出る、という考えもある訳ですから、人の本質からして、解決は不可能でしょう。戦争がいけない、といって戦争がなくならないことに通じるのではないか、とも私は思うのです。
本論が外れました。
ギャンブルの魅力、一攫千金のチャンスに尽きるでしょう。少ない投資で大きな配当が得られる可能性がある、しかも瞬時に。汗水垂らして稼ぐ日銭より、伸るか反るかの刹那に、人々は良くも悪くも踊るわけです。
しかし、よくよく考えると上手い話には裏がある、という事を忘れてしまうんです。
競馬は人同士の奪い合いである、これに尽きます。株でも同じかも知れませんね。利殖だけを考えるならば、デイトレードのように常に相場の動きを追って売り買いを続ける、そういう要素はあると思います。
根本を腹落ちして出来るのなら、自らを狂わせることのリスクは回避できそうですが、残念ながらゼロではない。儲けを主眼とするか、ゲームを制するか、楽しみ方の視点を少し変えてみる事で、一生の趣味として付き合うことが出来るでしょう。
シンプルに考えると、
『競馬は勝つ馬を予想するゲーム』
である訳です。
ならば、1番それに合うのは単勝なんですね。
当たる確率が高くなるのが複勝、と考えれば良いのですが、分け前が少ない。
的中確率と馬券の難易度は反比例ですから、当たりやすいほど配当は低く、的中が難しいほど得られる配当は高い。シンプルですよね?
難しい馬券ほど、多く買うことで当たる確率を増やせばいい、となるのですが投資した分を下回るリスクが増えてしまう。見極めが求められるのは、こうした基本を理解し、忘れないことだと思います。
オッズや人気は『人』が作り出すものです。
所詮、人が作り上げたものですから、必ずしも正しいとは言えません。ましてや不確定要素が高い競馬のような競技は尚更でしょう。
そこをいかに自分が読み解き、勝ちを手にするか、最適なのは単勝馬券と言えるでしょうし、多くの予想家も似たような意見をお持ちのようです。
競馬を長く楽しみたい、魅力をもっと引き出したい、そう思うファンは多いと思います。レース毎に一喜一憂するのは、誰しも同じ。その経験を通じて、いかに自分の楽しみ方を見出す事が出来るか?長くやればやるほど、奥深さや難しさを感じます。それでも続けて行くのですから、魅力は計り知れない、それが競馬だと思います。
単勝は、自分の思いを投射する。
シンプルかつ思いを込められる馬券です。
今一度、馬券戦略と競馬の楽しみ方を自分なりにアレンジしてみてはどうでしょうか?
今週末はいよいよ‼️
日本ダービーです‼️